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山形地方裁判所 昭和33年(ワ)54号 判決 1962年12月24日

主文

一、別紙第一、第二物件目録記載の山林原野及び同地上に生育する立木は原告(反訴被告)の所有であることを確認する。

二、被告(反訴原告)清野キヌは原告(反訴被告)に対し別紙第一、第二物件目録記載の山林原野につき昭和三十二年十月十二日山形地方法務局海味出張所受付第四八五号をもつてなした所有権移転登記の抹消登記手続をすること。

三、被告(反訴原告)清野キヌ、同佐藤菊雄の各反訴請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は本訴並びに反訴を通じてこれを五分し、その一を被告等三名の連帯負担とし、その余の部分は被告(反訴原告)清野キヌ、同佐藤菊雄の連帯負担とする。

事実

第一、原告(反訴被告)――以下単に原告と称す――の申立等。

(一)  申立

主文第一、二、三項同旨並びに訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決を求める。

(二)  本訴請求原因並びに被告等の主張に対する答弁

(1)  別紙第一、第二物件目録記載の山林原野(以下本件係争山林と略称する)のうち別紙物件目録記載(10)(11)を除くその余の山林原野(合計二十一筆)は従前原告において所有していたところ、原告は昭和二十二年三月十七日一旦これを実弟訴外和田徳に贈与してその所有権移転登記手続をしたが、翌二十三年二月十八日に至り右山林原野に生育する立木全部を同訴外人より金三万円で買受け、更に昭和二十五年五月五日同訴外人より右山林原野の贈与を受けてこれが所有権を取得した。

また別紙第一物件目録記載(10)(11)の各山林はもと訴外古沢内蔵治の所有であつたが、昭和二十五年六月十二日原告において右訴外人よりその地上に生育する立木と併せてこれを買受けその所有権を取得したものである。

(2)  右のごとく本件係争山林及び同地上に生育する立木はいずれも原告においてその所有権を取得したものであるが、これが権利変動に関する登記は、後記の事由から、その真実の権利関係に反して、いずれも原告の長男訴外和田恭二郎においてその所有権を取得したごとく仮装して同訴外人取得名義をもつて、原告においてその所有権移転登記手続を了したのである。

即ち和田恭二郎は農業を営む原告の長男であるところ、原告は農家の慣習に従い、いずれ同人に家業を継がせるべく考え、且つこれに相応して原告の所有不動産もまた将来同人において相続されることになるであろうと考え、本件係争山林を取得するに際し、右山林も将来は相続により同人の所有に帰するのであれば相続時における相続税の負担を免れるために、この際その所有名義だけ同人名義に登記しておいた方が得策だと考え、同人に対し贈与等所有権移転に関する法律行為をなんらなすことなく、その所有権を自己に留保したまま、原告の一存で前記のとおりただ名義上の取得者を和田恭二郎とする真実に反した所有権移転登記手続をなしたのである。

右の次第であればこそ、本件係争不動産の登記済証もまた和田恭二郎の届出済印鑑も原告において保管し、且つ山林原野並びに同地上に生育する立木の手入管理一切を原告においてなして来たのである。右の事情は右和田恭二郎もこれを了承していたのである。

(3)  ところが、右和田恭二郎は性格的に普通人と異るところがあり、これまで二、三回無断で家出をしたことがあつたが、昭和三十二年九月二十日頃再び家出し、金銭に窮した結果、本件係争山林が登記簿上自己の所有名義になつていることを奇貨として、昭和三十二年十月十日これを被告(反訴原告――以下単に被告と称す)清野キヌに売渡し、同月十二日山形地方法務局海味出張所受付第四八五号をもつてその所有権移転登記手続をなした。次いで、被告清野キヌは、同月二十八日、右山林中別紙第一物件目録記載の山林を被告(反訴原告――以下単に被告と称す)佐藤菊雄に売渡したとして、同日山形地方法務局海味出張所受付第四九七号をもつてこれが所有権移転登記手続をなし、更にまた同月三十日別紙第二物件目録記載の山林原野を被告工藤啓太郎に売渡したとして、翌三十一日山形地方法務局海味出張所受付第五一五号をもつてこれが所有権移転登記手続をなした。

しかしながら、被告等はその後昭和三十三年七月十一日に至りまず被告工藤啓太郎への前記所有権移転登記の抹消登記手続をなし、次いで同月十四日被告佐藤菊雄への前記所有権移転登記の抹消登記手続をなしたが、前記被告清野キヌの所有権取得登記は抹消されることなくそのまま温存され、現に本件係争山林は被告清野キヌの所有として登記されているし、また被告等はいずれも右山林は同被告の所有であると主張して原告の所有権を否定しているのである。

(4)  被告等は原告が本件係争山林取得の対価たる金銭を和田恭二郎に贈与して該山林を同人の所有に帰せしめたかさもなくば原告においてその所有権を取得した後これを同人に贈与した旨主張するがそのような事実のないことは前記のとおりであり、登記簿上の所有名義にかかわらず真実の所有者は原告であり、従つて登記に公信力を認めない我が法制のもとにあつては、被告清野キヌが真実の所有権者でない登記簿上の所有名義人和田恭二郎より該権利を譲り受ける契約を結んだとしても、無権利者からの権利譲渡として、有効にその所有権を取得し得ないことは明らかである。

(5)  しかしながら、原告自らの意思に基いて、本件係争山林の所有権が和田恭二郎に存するがごとき公示(登記)をなし、第三者をして同人の所有であると誤信させるような外観を現出し、且つ同人がその所有名義を冒用してこれを第三者に譲渡できるような外形を作出した点、これを責められてもやむをえないところではある。

しかしこのような場合には、原告と和田恭二郎との間に通謀虚偽表示があつた場合と同一と看做し、右和田恭二郎より所有権の譲渡を受けた被告清野キヌが、その権利取得を真実の所有者たる原告に対抗し得るか否かは民法第九十四条第二項の規定によりこれを決すべきものである。

しかして和田恭二郎と被告清野キヌとの間の前記売買契約は、和田恭二郎と被告清野の夫で同被告の代理人である訴外清野俊男との間において交渉がなされたうえ成立したものであるから民法第九十四条第二項所定の善意の存否は右清野俊男につき判断さるべきである。

しかるところ、右清野俊男は右契約締結にあたり、本件係争山林が、その登記簿上の所有名義にかかわらず、原告の所有であることを知つていたのである。即ち、

(イ) 清野俊男は金融業を営むかたわら長年司法書士をも業とし、原告において以前よりその所有不動産の登記手続等の代書を同人依頼していたところから、同人は原告の財産関係を了知していたのであるが、原告は昭和三十年五月頃和田恭二郎が家出をした際、同人が金銭に窮して本件係争山林を、その登記簿上の所有名義を冒用して、他に譲渡することをおもんばかり、右清野俊男に対し、「原告は和田恭二郎名義に相当の山林を登記しているが、同人はこのたび家出し、もしや金に困つて自己所有名義の山林で金借したりあるいはこれを売却するため清野俊男に相談を持ちかけるようなこともあるやも知れずその時には遅滞なく原告に連絡して貰いたい」旨懇請し、これに対し同人より決して迷惑になるようなことはしないから安心せよとの了解を得ていたのであり、更にその後訴外飯野光一郎からも清野俊男に同趣旨の依頼をなしその了承を得ていたのである。

(ロ) しかして前記和田恭二郎と被告清野キヌとの間の本件係争山林の売買は、昭和三十二年九月三十日和田恭二郎が清野俊男にその買取り方を申し込んだことによりその交渉が開始されたのであるが、清野俊男は契約成立までの約十日間に本件係争山林の価値やその権利関係を調査しているのであつて、契約締結に際しては右物件が原告の所有なることを了知していたところから、通常の取引に当つては売渡証書のみ作成されることが普通であるのに、「念書」や「証」なる付属書類をも作成し、しかもこれに弁護士の奥書までもなしているのである。

(ハ) 更に和田恭二郎は清野俊男に対し当初より家出して金銭に窮していることを告げるとともに、本件係争山林の登記済証並びに和田恭二郎の届出済印鑑は、いずれも原告においてこれを保管している旨告知しているのに、清野俊男は原告よりこれを入手することができないので自らこれが対策を講じ、司法書士としてこのような場合不動産登記法第四十四条所定の登記済証の滅失に当らず、従つて保証書をもつてこれに替えることが許されない場合であることを知つていながら、敢えて自ら保証人となつて保証書を作成しこれにより登記手続をなしているのである。

以上の外、清野俊男が司法書士として登記関係の実情に明るく、真実の所有関係にかかわらず老年の家父が継嗣たる長子名義に登記手続をなすことが偶々行なわれていることを了知していることや、また前記売買契約が原告に発覚することを惧れて和田恭二郎の所在を秘匿していた事実等を併せ考えると清野俊男は前記売買契約締結にあたり、本件係争山林の所有権が原告に存していたことを知つていたことは明らかである。してみると被告清野キヌは悪意の第三者というべく、その所有権取得をもつて原告に対抗できないものである。

(6)  仮りに右主張が採用されないとしても、和田恭二郎と被告清野キヌとの間の前記売買契約は公序良俗に反する無効のものであつて、結局原告はその所有権を被告清野キヌに対抗し得るものである。

即ち前記のとおり和田恭二郎と被告清野キヌとの間に売買契約が締結された当時、和田恭二郎は所持金なく無断家出して極度に生活に困窮し、苦悩且つ憔悴にかられてわらをもつかむ気持で清野俊男に金策を申し込んだのであり、もとより同人はこの事情を充分知つていたのである。

ところで本件係争山林は正常な取引においてはゆうに金五百万円を超える価値を有し、この事実は前記のとおり清野俊男において約十日間を費して調査することにより了知していたのである。これを結局代金五十万円(但し契約締結時において現実に交付すべき実質的代金額は金二十万円)と定めて売買契約がなされたのであるが、右は和田恭二郎が無知で且つ窮状にあり、意思決定の自由を有しない事情に乗じて莫大なる利益をむさぼることを目的に一方的になされた契約であつて、その取引態様並びに契約内容に照らし、公序良俗に反する無効のものといわなければならない。

(7)  更に右主張も採用されないとしても、和田恭二郎と被告清野キヌとの間の前記売買契約に基き本件係争山林につきなされた前記所有権移転登記手続は、不動産登記法第四十四条に違反してなされた違法があり抹消さるべきである。即ち右所有権移転登記は、本件係争山林の登記済証が滅失したとして、これに替る保証書をもつてなされている。しかしながら、不動産登記法第四十四条所定の「登記済証が滅失したるとき」とは登記済証が物理的に滅失したか又は紛失してその所在が判明しない場合をいうのであつて、登記済証が現に第三者の手中に存したやすくこれを入手することが出来ない場合をも包含するものではないと解すべきところ、前記のとおり、本件係争山林の登記済証は原告において現に保管しており、且つその事実は和田恭二郎も清野俊男もこれを了知していたのであり、従つて保証書による登記手続ができない場合であることが明らかであるのに、敢えてその違法をなしているのである。

しかして本件係争山林の真実の所有者は原告であること前記のとおりであるから、前記所有権移転登記は抹消さるべきである。

(8)  以上の次第で、本件係争山林並びに同地上に生育する立木が原告の所有であることの確認と、和田恭二郎と被告清野キヌとの間の前記売買契約に基き本件係争山林につきなした前記所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものである。

(三)  反訴請求原因に対する答弁

(1)  本件係争山林が和田恭二郎所有名義に登記されていたところ、その後同人より被告清野キヌに、次いで同被告より別紙第一物件目録記載の山林については被告佐藤菊雄に、別紙第二物件目録記載の山林原野については被告工藤啓太郎に、いずれも売買を原因として順次所有権移転登記手続がなされたこと、及び原告が本件係争山林の所有権を主張して被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎を債務者として主張のごとき各仮処分を申請し、その決定を得て執行した事実はこれを認めるが、その余の主張事実はすべて争う。

(2)  しかして、本件係争山林の真実の所有権者は原告であり、被害清野キヌが和田恭二郎より右山林を買受けたとしても、これをもつて原告に対抗し得ざることは前記第一の(二)本訴請求原因の項において主張するとおりであり、従つて適法にこれが所有権を取得したことを前提としてなされている同被告の反訴請求は失当として棄却さるべきである。

(3)  更に被告佐藤菊雄も被告清野キヌより別紙第一物件目録記載の山林を買受けることにより適法にその所有権を取得したことを前提として、原告のなした仮処分の違法を主張している。

しかしながら、被告佐藤菊雄は永年原告の隣家に居住し、原告の家庭の事情や本件係争山林の権利関係を窺知し、且つ前記のごとき被告清野キヌが和田恭二郎より右山林を買受けた事実を熟知し、右山林の真の所有権者は原告であることを知りながら、登記簿上和田恭二郎所有名義となつていることを奇貨として、敢えて前記清野俊男と相謀つて被告清野キヌより別紙第一物件目録記載の山林を買受けたごとくしたもので、その所有権取得をもつて原告に対抗することはできない。原告は被告佐藤菊雄が右山林の所有権を主張しこれを処分せんとしたので、これを阻止するため前記仮処分をなしたにすぎずその間に何らの違法も存せず、被告佐藤菊雄の反訴請求は失当として棄却さるべきである。

第二、被告清野キヌ、同佐藤菊雄、同工藤啓太郎の申立等

(一)  申立

(本訴につき)

一、原告の本訴請求を棄却する。

(反訴につき)

二、原告は、被告清野キヌに対し金七十万円、被告佐藤菊雄に対し金八十万円、及び右各金員に対する本件反訴状送達の翌日より各完済に至るまで各年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決並びに右第二項につき担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

(二)被告等三名の原告の本訴請求原因に対する答弁並びに抗弁

(1)  原告が本件係争山林の所有権を取得した旨の主張事実はこれを否認する。本件係争山林が和田恭二郎の所有として登記されていたことは原告の主張するとおりであるが、右登記簿の記載は真実の権利関係に符合するもので、本件係争山林は和田恭二郎の所有に属していたものである。

仮に原告主張のごとく本件係争山林の所有権取得の対価を原告において出損したとしても、右登記は和田恭二郎が原告の意思に反して不法にその手続をなしたものでなく、原告が自らの意思に基いてなしたものであることは原告の自陳するところであり、成年者たる和田恭二郎名義に登記する以上同人において登記簿上の所有名義に基き自由にこれを処分し得べく、このような危険は原告において当初より知り得るものであつて、これを敢えて同人名義に登記をなしたことは、右所有権取得の対価たる金銭を同人に贈与し当初より本件係争、山林の所有権を同人に帰せしめたものというべく、また一旦その所有権を原告において取得したとしてもこれを和田恭二郎に贈与したものであつていずれにしても登記簿の記載のごとく本件係争山林は和田恭二郎の所有に属していたのである。原告が和田恭二郎名義に登記をした理由として述べるところは、被告清野キヌの所有権を否定せんがための狡猾なる方便ないしは詭弁にすぎない。

(2)  仮に原告主張のごとく本件係争山林の所有権が原告にあつたとしても、被告清野キヌはその事実を知らず、前記登記簿の記載を信頼し、本件係争山林の所有権は和田恭二郎にあると信じて同人との間に原告主張のごとく昭和三十二年十月十日右山林を金五十万円で買受ける旨売買契約を締結し、右契約に基き原告主張のごとくその所有権移転登記手続をなしたのであるから、このような場合取引の安全を確保するため、被告清野キヌは保護さるべきであつて、原告は右被告に対しその所有権をもつて対抗し得ないものといわなければならない。

(3)  ところで原告は、被告清野キヌが和田恭二郎より本件係争山林の所有権を譲り受けた当時、右山林の真実の所有者が原告であることを知つていた旨主張するが、同被告としては原告家の複雑なる家庭事情、殊に本件係争山林の所有権が原告に存することの真相を知る由もなく、たとい世間の風評等により多少の疑念を抱いたとしてもそれにより右売買契約の効力に影響するものでなく、もし和田恭二郎が所有者でないと知つたならば敢えて同人と契約するはずもなく、前記のとおり同人を真実の所有者と信じて右契約をなしたのであつて、右原告の悪意に関する主張はすべて争うものである。

(4)  右の次第で被告清野キヌは和田恭二郎との前記売買契約により本件係争山林の所有権を適法に取得したのであるが、その後原告主張のとおり、右山林中別紙第一物件目録記載の山林を被告佐藤菊雄に、別紙第二物件目録記載の山林原野を被告工藤に各売渡し、主張のごとく夫々所有権移転登記手続をなしたが、後に反訴請求原因の項において述ぶるごとき経緯から右各売買契約を合意解除し、右各所有権移転登記の抹消登記手続をなし、現に登記簿上被告清野キヌが所有者として登記されていることは原告主張のとおりである。

しかしながら本件係争不動産の所有権が被告清野キヌに存していることは前記のとおりであり、右登記は真実の権利関係に符合するものであつて、その抹消登記手続をなさなければならないいわれはない。なお原告は本件係争山林地上に生育する立木の所有権が原告の所有であることをも主張しているが、立木につき独立の対抗要件の存しない本件においては、右立木は土地の定着物として、右山林の権利変動に応じこれに付随してその権利変動を生ずるものであることを付言する。

(5)  なお本件係争山林の所有権を原告が有するものとしても、民法第百七十七条の規定により、右権利に副う登記を備えていないので右山林につき利害関係を有する被告清野キヌに対してその所有権を対抗し得ず、むしろ所有権取得の登記を有する被告清野キヌこそ、その取得時において原告にその所有権が存していたことを知つていたと否とにかかわらず、原告にその所有権を対抗し得るもので、この点においても原告の本訴請求は失当として棄却さるべきものである。

(三)  被告清野キヌ、同佐藤菊雄の反訴請求原因並びに原告の抗弁に対する答弁

(被告清野キヌの請求関係)

(1) 前記第二の(二)において述べたごとく、被告清野キヌは昭和三十二年十月十日和田恭二郎より本件係争山林を全五十万円で買受け、同月十二日その所有権移転登記手続を経由して適法にその所有権を取得したのであるが、

(イ) 昭和三十二年十月二十八日別紙第一物件目録記載の山林十一筆を被告佐藤菊雄に、代金六十万円、手付金三十五万円、目的物件の引渡は七日以内に双方協議のうえ現地を見分したうえ引渡すこと、残代金は右引渡後七日以内に完済すること、売主に債務の不履行があつた場合又は目的物件に故障が生じた場合には買主は右契約を解除し売主に対し手付金の倍額の損害金を請求できることと定めて売渡し、同日手付金三十五万円を受領するとともにその所有権移転登記手続をなし、

(ロ) また、昭和三十二年十月三十日別紙第二物件目録記載の山林原野十二筆を被告工藤啓太郎に、代金五十万円、手付金三十万円、その余の事項は被告佐藤菊雄の場合と同一内容のことがらを定めて売渡し、同日手付金三十万円を受領するとともに翌三十一日その所有権移転登記手続をなした。

(2) ところが昭和三十二年十一月初、原告は本件係争山林は自己の所有であると主張し、被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎を債務者として山形地方裁判所に仮処分の申請をなし、被告佐藤菊雄については同庁昭和三十二年(ヨ)第一一六号仮処分事件の決定により別紙第一物件目録記載の山林の処分並びに立入伐採、搬出等を禁止されるに至り、また被告工藤啓太郎については別紙第二物件目録記載の山林、原野の処分並びに立入伐採、搬出等を禁止されるに至つた。そこで被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎はいずれも前記被告清野キヌとの各売買契約の目的を達することができなくなつたので、前記約旨に基き、いずれも昭和三十三年四月七日被告清野キヌに対し右各売買契約を解除する旨意思表示をなし、且同月十五日同被告の承諾をも得て各契約を解除したのである。

(3) ところで本件係争山林は被告清野キヌにおいて適法にその所有権を取得したものであること前記のとおりであり、更に被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎は前記のとおり被告清野キヌと売買契約をなしたことによりこれが所有権を有効に取得しているのであつて、もはや原告は本係争山林につき被告佐藤菊雄や同工藤啓太郎に対して対抗し得る何等の権限をも有しないのであるから、前記各仮処分はその被保全権利を欠く違法なものであり、且つ原告はその違法を知つていたかあるいは少なくともそれを知り得たのに過失によつてこれを知らず、敢えてこれをなしたのであるから、右仮処分は不法行為を構成するものである。

(4) しかして原告の右違法な仮処分によつて、被告清野キヌは、前記のとおり、被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎との間に締結した前記売買契約を同人等より解除されるのやむなきに至り、これがため次のごとき損害を蒙つた。即ち、

(イ) 被告佐藤菊雄との売買契約解除により受領済の手付金を同人に返還したほか、解除に伴う損害賠償につき協議した結果、昭和三十三年五月四日被告清野キヌより被告佐藤菊雄に金二十万円を支払うこととし、同日右金員を貸金元本とし、貸借期間を一年利息を年一割五分とする準消費貸借契約に改め、これが債務を負担することとした。

(ロ) 次に被告工藤啓太郎との売買契約解除により受領済の手付金を同人に返還したほか、解除に伴う損害賠償につき協議した結果、同日被告清野キヌより被告工藤啓太郎に金十万円を支払うこととし、同日右金員を貸金元本とし、貸借期間を一年利息を年一割五分とする準消費貸借契約に改め、これが債務を負担することとした。

(ハ) 更に前記のとおり、被告清野キヌは本件係争山林を和田恭二郎より金五十万円で買受け、後これを被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎に対し合計金百十万円で売渡し、その差額金六十万円の利益を受け得たものであるところ、右(イ)(ロ)で述べたような事情によりこれが不可能となつた。

以上合計金九十万円が原告の前記不法行為によつて被告清野キヌの蒙つた損害であるから、右金員の内金七十万円及びこれに対する本件反訴状送達の翌日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

(被告佐藤菊雄の請求関係)

(1) 被告清野キヌが和田恭二郎より本件係争山林の所有権を適法に取得したこと及び同被告が別紙第一物件目録記載の山林を被告佐藤菊雄に売渡したが、該山林につき原告より違法な仮処分を受けたため右売買契約を解除するに至つたことに関する主張関係は、被告清野キヌの主張と同一である。

(2) 右のごとく、被告佐藤菊雄は被告清野キヌより別紙第一物件目録記載の山林の所有権を譲り受けたのであるが、原告は右山林につき被告佐藤菊雄に対抗し得る何等の権利をも有しないのに自己がその所有者なりと主張して前記仮処分の決定を得てこれを執行したのであるが、右仮処分はその被保全権利を欠く違法のものでそれが不法行為を構成すること被告清野キヌが主張するとおりである。

(3) しかして被告佐藤菊雄は原告の右不法行為により次のような損害を蒙つた。

即ち

(イ) これよりさき、被告佐藤菊雄は別紙第一物件目録記載の山林の所有権を取得した後、訴外渋谷一に右山林に生育する立木の伐採並びに搬出を請負わしめると同時に、右訴外人を売主名義とし、被告佐藤菊雄が同人の連帯保証人となつて、訴外松田彦吉との間に右伐採による杉材五百石を百二十五万円、手付金五十万円、材木の引渡は同年十二月二十五日までに西村山郡西川町大字水沢字石倉の国道において行うこと、残代金は材木引渡完了と同時に支払うこと、売主に債務不履行があつたときは買主において契約を解除することができ且つ手付金の倍額の損害金を請求し得ること等定めて木材売買契約を締結し、右手付金を受領していたのである。

ところが右契約成立直後、同年十一月五日前記仮処分が発せられ、被告佐藤菊雄に送達されたため、木材の一部六十石(金十五万円相当)を他より調達して右松田に引渡したものの右債務の履行をなすことができなくなり、結局昭和三十三年三月四日に至り申立人松田彦吉、相手方被告佐藤菊雄及び、渋谷一間の寒河江簡易裁判所昭和三十三年(ノ)第七号調停事件の調停期日において、右木材売買契約を解除するとともに、受領済の手付金等(昭和三十二年十二月二十日売買代金の内金として金二十五万円を受領している)を含めて合計百二十万円を被告佐藤菊雄及渋谷一において連帯して支払う旨約しこれにより被告佐藤は実質上金六十万円の損害を蒙つた。

(ロ) 右のほか被告清野キヌにおいて主張するごとく、被告清野キヌと被告佐藤菊雄間の前記売買契約も解除するのやむなきに至つたところ、昭和三十二年十月二十八日被告清野キヌに手付金として支払つた金三十五万円については、該契約解除後昭和三十三年五月四日これが返還を受けるまでの期間、被告佐藤菊雄においてこれを利用することができなかつたのであるから、この期間の民法所定年五分の割合による利息相当金一万円も損害を蒙つたことになる。

(ハ) 更に被告佐藤菊雄は被告清野キヌより右山林を金六十万円で買受けたが同山林の立木のみを金百二十五万円で松田彦吉に売渡し、伐採、搬出等の費用を考慮しても、すくなくとも金四十万円の利益を受け得たものである。しかるに前記の事情でこれが利益を受け得なくなり同金額相当の損害を蒙つたのである。

以上合計金百一万円が被告佐藤菊雄の蒙つた損害なるところ被告佐藤菊雄は被告清野キヌより同人主張のごとく金二十万円の損害賠償を受け得るのでこれを控除した金八十一万円及びこれに対する本件反訴送達の翌日以降右完済に至るまで民法所定五分の割合による延遅損害金の支払を原告に請求するものである。

(4) なお原告は、被告佐藤菊雄が被告清野キヌより別紙第一物件目録記載の山林を買受けた際、右山林の真実の所有者が、登記簿上の所有名義にかかわらず原告であることを知つていた旨主張するが、この点に関しては前記第二の(二)において述べているとおりであり、更に、仮にその真実の権利関係が原告の主張するとおりであつたとしても、被告佐藤菊雄としてはこれを知る由もなく善意であつたのであるから、原告は右権利をもつて被告佐藤菊雄に対抗することは許されないものである。

第三、証拠関係(省略)

理由

(原告の本訴請求の当否について)

一、本件係争山林(一部原野を含む以下同)の登記簿上の所有名義が原告の長男訴外和田恭二郎に存していたところ、同人が昭和三十二年十月十日これを被告清野キヌに売渡し、同月十二月その所有権移転登記手続を了したこと、及びその後右山林中別紙第一物件目録記載の山林について、被告清野キヌより被告佐藤菊雄に売買を原因として所有権移転登記手続がなされ、また別紙第二物件目録記載の山林原野について、被告清野キヌより被告工藤啓太郎に売買を原因として所有権移転登記手続がなされたが、その後更に被告清野キヌと被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎間の右各売買契約が解除されたとして右各所有権移転登記の抹消登記手続がなされ現に本件係争山林の登記簿上の所有名義が被告清野キヌとなつていることについては、当事者間に争がない。

二、しかして本件の第一の争点は、前記のとおり本件係争山林の所有権者が登記簿上和田恭二郎と記載されているにかかわらず、右登記は真実の権利関係を公示せず、その真実の所有権者が原告であつたか否かの点であるから、まずこの点から判断をすすめる。

ところで被告等は、たとい原告が真実所有権者であつたとしても登記簿上右権利に副う公示を備えていないのであるから、登記を備えている被告清野キヌに対しその所有権を対抗できない旨主張する。しかしながら登記に公信力を認めないわが法制のもとにおいては、たとい登記簿の記載を信頼し登記簿上所有権者と記載されている者を真実の権利者であると信じてこれと取引をなしたとしても、もし登記簿の記載が真実の権利関係を公示しておらず所有名義人に実質的権利が伴つていなかつた場合には、無権利者からの権利譲渡として、右登記簿の記載を信頼した一事をもつてしては、末だ右取引に対応する権利変動は有効に生じ得ず、たとい登記を経由したとしても真実の権利者に対抗することはできない(但し登記簿の記載を信頼した者が保護される余地のあることは後に述べるとおりである)。従つて右被告等の主張は採用しない。そこで以下その実体について判断するに、登記の効力として登記簿に記載されている権利関係は真実を公示しているものとの権利推定をなし得べく、従つて前記登記簿の記載に基き、特段の反証のないかぎり、和田恭二郎が本件係争山林の所有者であつたことを一応推定できる。

しかしながら成立に争のない甲第一号証、第三号証、第四号証、原告本人尋問の結果によりその成立を認める甲第二号証、証人古沢内蔵治、同和田恭二郎(第一回)、同飯野光一郎、同渋谷清治、同佐藤亀治、同飯野陽太郎の各証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次のような事実を認めることができる。

(1)  本件係争山林中別紙第一物件目録記載の(10)(11)の山林二筆(地上に生育する立木を含む)はもと訴外古沢内蔵治の所有であつたが、同人と原告との間で交渉がなされ、昭和二十五年六月十二日これを同人より原告に売渡し原告においてこれが代金を支払つた。右契約に当り和田恭二郎は何んらこれに関与せず、ただ後記のごとき事情から、原告は右山林を和田恭二郎名義に登記しようと考え、右契約に際し登記手続に供すべく作成した売渡証の買主名義を和田恭二郎とした。

(2)  また本件係争山林中古沢内蔵治より譲渡を受けた山林以外の山林、原野は、もと原告の所有であつたが、昭和二十二年三月十一日これを実弟訴外和田徳に贈与し、後同人は昭和二十三年二月十八日同山林に生育する立木のみを原告(立木売渡証の買主名義も原告として)に代金三万円で売渡し、更に昭和二十五年五月五日右山林床地を代金二万五千六百円で原告に売渡した。右契約に当つても和田恭二郎は何らこれに関与しなかつたが、前同様後記のごとき事情から原告は右山林を和田恭二郎名義に登記しようと考え、右山林床地の売買契約に際し登記手続に供すべく作成した売渡証の買主名義を和田恭二郎とした。

(3)  原告は右各山林原野の所有権を取得し、その所有権移転登記手続をなすに当り、農業を営む自家のこととて、農家の慣習に従い、将来いずれは家業を二男和田恭二郎(長男は幼少時死亡し実質的には長男)に継がせることになるであろうし、そうなれば結局自己所有の主要財産は同人において相続されるであろうから、もし一旦本件係争山林の所有権を自己の名義に登記すると、その際財産取得に関して自己に課税されるほか、更に同人が相続した際高額の相続税を賦課されることになり、それだけで自家の財産を減少させることになると考え、又和田徳より取得した山林、原野についてはもと自己の所有であつたものを同人に贈与したものであるところその際にも課税されていることをも考えて、いずれも和田恭二郎の所有に帰することになるものであれば、この際その所有権は自己に留保し今直ちに和田恭二郎にこれを贈与するものではないが、右公租の負担を免れるためにその所有名義を和田恭二郎として登記することとし、同人に何ら相談することも、また同人との間に財産権移転に関する何らの法律行為をなすこともなく、自己の一存で本件係争山林の所有権移転登記手続を和田恭二郎取得名義をもつてなした。

(4)  しかしながら本件係争山林の真の所有権は原告自らこれを保有していたところから、右登記に際して使用した和田恭二郎名義の印鑑は原告において印鑑届出をなすとともに自ら保管し、また本件係争山林の登記済証も原告において保管して和田恭二郎には一度も保管させたことはなく、且つ山林の手入れ管理や間伐等による材木の売却処分(昭和三十二年八月にも原告において訴外渋谷清治に間伐木を売渡している)、あるいはこれが代金の保管費消や公租公課の負担納付も一切和田恭二郎に相談することなく原告一存でこれをなして今日に至り、その間ただ登記名簿を和田恭二郎としていることを恭二郎に洩らしたことはあるが、贈与その他財産権の移転行為を同人になしたことはなく、同人においても右原告の所有権者としての管理処分行為に対し異議を述べたことはなかつた。

(5)  また本件係争山林の隣地所有者や原告の居住部落の人達も右山林が原告の所有であると信じて疑うものがなかつた。

以上の事実を認めることができる。右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実によると、本件係争山林は原告が和田徳及び古沢内蔵治より譲渡を受けてその所有権を取得し、これを和田恭二郎に譲渡することなく自己の所有としながら、ただその登記名義のみを和田恭二郎名としたにすぎず、その登記の記載にかかわらず原告がこれを所有しているものと認められる。

被告等は、原告が和田恭二郎名義に登記した事由として述べるところは単なる詭弁にすぎないというが、真の所有者が故あつて他人名義に登記することは世上稀な出来事であるわけではなく、原告がその事由として述べているところは(その内容において納税上の問題があることはさておき)合理性を欠く理由のないものとは言えない。

三、ところで右のごとく不動産の所有権者(原告)が他人(和田恭二郎)にその所有権を移転する意思がないのに当該他人名義に登記をなした場合においては、その事実を知らない第三者が右登記が真実の権利関係を公示しているものと信頼し(登記には権利推定の効力がある)、登記簿上の所有名義人を真の所有権者であると信じてこれと取引をなすことがあるべく、このような場合には第三者をしてそのように信じさせる外観を現出した帰責事由のある所有者の所有権を犠牲にしてもなお右善意の第三者を保護すべき必要があり、右は所有権者と他人との間に通謀による所有権移転の虚偽表示があり、これに基いて登記した場合と(善意の第三者保護の見地から)実質的に差異があるので、民法第九十四条第二項の類推により登記簿上の所有名義人を真の所有権者と信じた善意の第三者に対し、所有権者は登記簿上の所有名義人が無権利であることをもつてこれに対抗することはできないものと解すべきである(最高裁判所昭和二十九年八月二十日判決、集八巻八号千五百五頁参照)。

そこで以下、本件係争山林につき和田恭二郎と売買契約を締結した被告清野キヌが、右契約締結当時、右山林の真実の所有権者が原告であることを知つていたか否かについて判断する。

ところで、証人和田恭二郎(第一回)の証言によりその成立を認める乙第十一号証の一、二に、証人和田恭二郎(第一、二回)、同清野俊男(第一回)の各証言並びに弁論の全趣旨によると、和田恭二郎と被告清野キヌとの間の右売買契約は、その法律効果を同被告に帰属せしめているものの、その実質的交渉や契約の締結並びに契約の履行等は終始和田恭二郎と同被告の夫訴外清野俊男との間においてなされており、且つ清野俊男は同被告の代理人名義でこれをなすとともに、同被告は右契約に実質的には何ら関与していないことが認められる。右認定に反する証拠はない。

してみると清野俊男は同被告の代理人と目すべきであり、従つて前記被告清野キヌの善意は右清野俊男につきこれを判断すべきものである(民法第百一条)。

しかして登記の権利推定効により、登記簿上の所有名義人と取引をなした者は右名義人を当該不動産の所有権者と信じていたものと推定すべきであるので、以下この点については原告の主張するごとく清野俊男が悪意であつたか否かの観点から考察する。

前顕甲第一号証乃至第四号証、乙第十一号証の一、二、成立に争のない甲第八号証、第九号証の一、二、第十号証の一、二、第十一号証の一、第十二号証の一及び八、乙第十五号証の一乃至三、第十六号証、第十七号証、第十八号証、第二十号証の一乃至四、原告本人尋問の結果により原告において作成したと認められる甲第七号証の二、証人清野俊男(第一回)の証言によりその成立を認める乙第十一号証の三、証人和田恭二郎(第一回)の証言によりその成立を認める乙第十二号証乃至乙第十四号証に、証人渋谷清治、同飯野光一郎、同和田恭二郎(第一、二回)、同佐藤博、同清野俊男(第一回)の各証言、原告及び被告佐藤菊雄各本人尋問の結果、鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次のような事実を認めることができる。

(1)  和田恭二郎(昭和四年三月生)は置賜農業学校を卒業後原告と同居し原告の手助けをして家業たる農業に従事していたものの時折家出し昭和三十年には二回に亘り無断家出し警察に捜索願が出されたこともあるところ、昭和三十二年九月中旬頃わずかの金銭を所持して又もや家出し上京したが、間もなく金銭に窮し、同月三十日山形に帰り被告清野キヌの夫であり西村山郡西川町大字海味において金融業と司法書士業を営む清野俊男宅を訪れ、同人に対し家出して金銭に窮している事情を打明けるとともに今後の生活費や立直り資金として金五十万円を融通してほしい旨依頼した。清野俊男は右申出に対し和田恭二郎名義の不動産があればこれに応じても良い旨述べたところ、和田恭二郎は登記簿上自己の所有名義となつている自己所有山林がある旨述べ、本件係争山林の所在位置の見取図を作成し、これに同地上に生育する杉立木の樹令等を書き込んで右山林の概略を説明し、清野俊男において右山林を調査することとし、その期間和田恭二郎は上山市高松温泉三木屋旅館に滞在することにした。

(2)  かくして清野俊男は本件係争不動産の地籍並びにその価値等を調査し、同年十月十日に至り前記三木屋旅館において和田恭二郎と具体的交渉に入り、同日両者間に売主を和田恭二郎、買主を被告清野キヌとする本件係争山林の売買契約が成立した。しかして右売買代金は清野俊男の申出に基き契約書に記載する表向きの代金額は金五十万円とするが実質上の代金額は金二十万円とする旨定められたが、右代金額の決定にあつて和田恭二郎は本件係争山林中西村山郡西川町大字水沢字長久保に存する山林(別紙第一物件目録記載の山林)だけでもその価格は金百万円を下るものではない旨異議を述べたが、清野俊男は右売買契約にはやがて父である原告より異議が述べられ、本件係争山林につき訴訟が提起されることは明らかであり、該訴訟事件が落着するまでには相当長い期間と多額の経費を要するから、たとい本件係争山林の価値がいかに高いものであつても金二十万円以上を支払うことはできない旨答え、和田恭二郎としても、旅館へ支払宿泊費にも事欠いていただけに、右清野俊男の申出に抗すべくもなく、時価約四百十四万余円相当(鑑定人佐藤喜久治郎の鑑定価格)の本件係争山林を金二十万円で売渡すことを承諾した。

(3)  なおその際あらかじめ清野俊男において作成準備していた文案に基き、同人の指示により、和田恭二郎は「貴殿ニ売渡シタ山林立木一切ノ物件ハ絶対ニ御迷惑御損害御カケ致シマセン。父親ガアノ様ナ性格デアリ貴殿ニ対シテ色々ナイヤガラセノ方法ニ出ルカモシレマセンガ、貴(殿)ハ父親ト一切無(関)係デアリマス。父親ニハ長男ノ私デサエ困ツテイルノデス。万一貴殿ニ色々ナ理由ヲコシラエテ法律的ナ事件ニ作ツテモ全部私ノ責任デアリ貴殿ヘ損害ヲオ掛ケシタ費用ハ全部私ガ負担致シマス。御自由ニ山林立木ヲ御処分ナサレテモ私ハ決シテ異議アリマセン。」旨記載した念書(乙第十二号証)並びに金五十万円の領収書(当時未だ金銭の授受は一切なされていない)を各作成しこれを清野俊男に交付した。

(4)  しかして同日、和田恭二郎の右三木屋旅館の宿泊費約八千円を清野俊男において立替支払した後同旅館を出発し、清野俊男の案内で二人同道して山形市居住の弁護士皆川泉方を訪れ、清野俊男において同弁護士に前記本件係争山林の売買契約につき相談し、席を同市内料亭「鴻の巣」に移し、同所において前記売買契約について改めて本件係争山林を和田恭二郎より被告清野キヌ(代理人清野俊男)に金五十万円で売渡し、右代金は昭和三十二年十月一日金二十万円、同月十日金三十万円全部現実に支払を完了した旨(但し当時現金の授受は現実には一切なされていない)の売渡証(作成者和田恭二郎、宛名被告清野キヌ代理人清野俊男)を作成し、これに立会人として同弁護士が署名し、且つこれが売買に関する登記手続は両名とも同弁護士に依頼することを約した。

(5)  翌十一日前記清野俊男方において登記手続に要する関係書類の作成にとりかかつたのであるが、和田恭二郎は、前記売買契約交渉の当初より本件係争山林の登記済証並びに和田恭二郎の届出済印鑑はすべて原告において現にこれを保管していることを清野俊男に告げていたのであるが、これが欠缺により登記手続をなすことができないことについて、清野俊男は、原告に対しこれが引渡を求むるのでなく、印鑑は改印鑑届をなさしめることとし、また登記済証についてはこれに替る保証書を作成することにより(保証書は登記済証が滅失した場合これに替るものとして登記申請書の付属書類たり得るが、現に他に登記済証を保管していることが明らかな場合その取戻しが容易でないという理由だけで保証書をもつてこれに替ることは許されない。従つて右の手続は不適法となる。)登記手続をなすべく考え、自ら起案した文案に基いて和田恭二郎をして登記済証はいくら探しても見当らないから登記義務者の人違いなきことの保証を依頼する旨の清野俊男及び訴外井場英雄両名宛の保証願を作成させ、且つ自ら用意していた「和田」名義の印鑑を和田恭二郎に渡して同人をして改印鑑届をなさしめたうえ、右印鑑を前日作成した契約書、念書、領収書等一切の売買関係書類及び右保証願等の登記関係書類等に押捺させ、更に清野俊男及び井場英雄両名において保証書を作成し、登記に要する一切の関係書類を取そろえたうえ、翌十二日皆川弁護士において山形地方法務局海味出張所同日受付第四八五号をもつて本件係争山林の所有権移転登記手続をした。なおこの間同月十一日清野俊男は自ら起案作成した文案をして、和田恭二郎をして「貴殿ニ売渡シタ山林ノ立木ハ本日以前ニハ現在栽植シアル分ハ絶対売渡シテハオラズ万一私ノ父親ガ他ヘ売買ヤ贈与ノ事ニ拵ヘタトスレバ全部ウソデ私ノ印鑑ヲ盗ンデシタ行為デアルカラ全部無効デアル、ソレニツイテノ損害ハカケマセン私ノ負担トシマス、本日現在右ノコトハシテイナイコトヲ証明致シマス」旨の「証」なる文書(乙第十三号証)を作成せしめてこれを受取つた。

しかして右登記手続終了後、同日前記三木屋旅館の立替及び「鴻の巣」における飲食費中和田恭二郎において負担する分の合計金を二万円と約し、前記売買代金よりこれを控除することとし、残金十八万円のうち金十五万円を和田恭二郎に支払い残金三万円は後日支払うことを約した。

(6)  ところでその後同年十一月一日、和田恭二郎と清野俊男は上山市所在の長谷屋旅館において、和田恭二郎所有の件外西村山郡西川町大字水沢字杉山千五百五十八番地のうち通称宝畑山林約五反歩及び同所同番通称春木場の山林約一反歩に存する立木を買主を被告清野キヌとして代金三万円で売渡す売買契約を締結した。

しかして当時は、既に原告において本件係争山林が前記のとおり売却されていることを知り、後記のとおり原告と清野俊男間に買戻しの交渉が進められた後であり、且つ被告清野キヌより被告佐藤雄、同工藤啓太郎に本件係争山林が売渡された後のことで、しかも原告において被告佐藤菊雄を債務者として後記のとおり別紙第一物件目録記載の山林につき仮処分の申請がなされており(十一月一日仮処分決定が発せられている)、清野俊男においても予期していた原告との争訟が現実化することを知つていた時であつたが、前記立木売買契約締結に際し、清野俊男は和田恭二郎に先になした本件係争山林の売買代金を契約書記載のとおり金五十万円に改め残金三十万円を支払う旨述べたところ、和田恭二郎もこれを承諾し、且つ右実質的売買代金を金五十万円とする約定は既に前記同年十月十日三木屋旅館において契約した際合意したことに装うため、十月十日作成日付で代金五十万円のうち三十万円は和田恭二郎より被告清野キヌに貸与した趣旨の念書を作成し、翌十一月二日までに金十四万七千円を、更に同月五日金十四万三千円を(電信為替で)それぞれ和田恭二郎に支払つた。

(7)  ところでこれより先、原告は同年十月十八日頃、登記所からの通知で、和田恭二郎が本件係争山林の所有権者が登記簿上同人の名義になつていることを利用してこれを被告清野キヌに売渡し、これが所有権移転登記手続がなされたことを知つて大いに驚き、息子和田恭二郎がなしたこととて事をおんびんにはこぶべく、訴外渋谷清治、同飯野光一郎及び同佐藤博を介して清野俊男と二回に亘り買戻しの形式で示談することを交渉したが、金額につき打合わず(原告側は金二百五十万円の買戻案を提案した)、更に清野俊男とともに該山林を実地調査のうえその買戻金額につき具体的交渉を進めるべく準備していた。しかしながら、清野俊男はこの間において、かねてより原告と深刻な争があり、且つ原告の隣家に居住して原告家の財産状態についても良く知つていた被告佐藤菊雄に依頼して、同被告の案内で本件係争山林を見分するとともに、原告との示談交渉を嫌つて右交渉がなお進行中であつたに拘らず、同月二十五日頃同被告に対し別紙第一物件目録記載の山林の買取方を申し込み同月二十八日同被告との間に右山林の売買契約を締結し、更に別紙第二物件目録記載の山林、原野についても、同月三十日、被告清野キヌの実兄被告工藤啓太郎に売渡してしまつた。

(8)  また清野俊男は、和田恭二郎との間の前記売買契約が原告を初め外部に洩れることを避けるため、右恭二郎の所在を他に知らせないようにし、上京中の同人との連絡は訴外結城善四郎(恭二郎の妻の父)方とし、清野俊男より和田恭二郎に差出す手紙の宛名は右訴外人とし、和田恭二郎より清野俊男宛の手紙の封筒には和田恭二郎の名前は記載せず右訴外人の氏名を借りてなすよう指示していた。

以上の事実を認めることができる。証人清野俊男(第一回)の証言中右認定に反する部分は前顕証拠に対比して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

次に、原告本人尋問の結果によりその成立を認める甲第七号証の一、官署作成部分については成立に争がなく、その余の部分についてもその記載の形式内容に照らし真正に成立したものと認める甲第十四号証の三乃至十四、十六乃至二十八、三十乃至三十六、三十八乃至四十一、及び証人清野俊男(第二回)、同飯野光一郎の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。

(1)  山形地方法務局海味出張所における登記申請事務の代書をなす司法書士は、同出張所々在地には清野俊男及び同人の父亡清野栄時の外になく右両名においてこれをなしていたが、原告は近隣にも聞えた多くの不動産を所有している関係でその登記手続をなすことも多かつたところ、右登記手続はおおむね右両名に依頼してこれをなし、特に昭和九年以降はその殆んどを清野俊男においてこれをなし、従つて同人は右登記申請を通じて古くから原告と親交があり、原告の財産状態について相当程度これを知つていた。

(2)  しかして前記のとおり和田恭二郎は時折家出していたところ、昭和三十年当時同人が家出した際、原告は同人の所有名義に登記した自己所有の不動産を同人が家出中金銭に窮してこれを自己の所有物件として他に処分することを虞れ、もしこれを処分する場合、金融業を営む清野俊男に融資を申し込むことがあるやも知れず、又不動産処分に関する法律的手続に関して司法書士を営む同人に相談するであろうと考え、同年八月頃右清野俊男に宛て和田恭二郎が家出をして困つている旨及び同人が清野俊男に金策の相談に来たときは断つて欲しい旨の依頼状を出しまたその後昭和三十一年春頃同人が家出した際にも同様の依頼をなしていた。

(3)  しかも清野俊男は居住する部落こそ異なれ、同じ西川町内に居住しているのであるから、和田恭二郎より家出して困窮していることを理由に金策を頼まれたとしても莫大なる価値を有する山林の処分をともなうこととて、原告にその趣意を伝えて相談する意思さえあれば時間的にも距離的にもこれを妨げるものはなかつた。

以上の事実を認めることができる。証人清野俊男(第一、二回)の証言中右認定に反する部分は前顕証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

四、以上の認定事実に基き考えると、清野俊男はかねて原告の所有不動産についての登記手続に関与することにより原告家の財産状態につき相当程度これを了知しており、また和田恭二郎の家出中の財産処分に関連して同人の金策に応じないよう原告より依頼されており、更には世上故あつて真の所有権者がその子供の所有名義に登記することのあることを職業上経験していると目せられることをも併せ考えると、本件係争山林もまたその登記簿上の所有名義にかかわらず原告の所有であることを充分推知し得る状態にあるのに、その意思さえあれば原告に照会することが容易にできたのにかかわらずこれをなさず、むしろ秘密裡にことを運んで本件係争山林の売買契約をなし、且つ右売買契約に当つては将来原告より訴訟の提起されることを予期して不当に低価でその売買代金を取決め、また将来の原告との訴訟に対処すべく、正常の不動産取引には見られない売買契約の付属書類を作成せしめ、自ら登記手続をなし得る専門知識を有するのにことさら弁護士に依頼してこれをなし(実質的には自ら関係書類をすべて準備作成している)、更には本件係争山林の登記済証を原告が保管しているのを知りながら(登記済証は有権者がこれを保管しているのが通常である)、このような場合保証書をもつて替え得ないのに敢えて和田恭二郎に内容虚偽の保証願を作成せしめて自ら保証人となつてこれを作成して登記手続をなさしめ、一旦原告との間に紛争が現実化するやその示談交渉中にこれを転売しているのであつて、これらの事情を綜合すると、清野俊男は和田恭二郎と前記売買契約を締結するにあたり、本件係争山林の所有権が実際には原告に存していることを知つていたものといわなければならない。

五、してみると、被告清野キヌは民法第九十四条第二項の善意の第三者というを得ず、和田恭二郎との前記売買契約に基き有効に本件係争山林の所有権を取得することはできず、従つて右契約に基きなした前記所有権移転登記手続もまた無効のものと言わなければならない。

以上のとおり本件係争山林は原告の所有にあるところ、被告等は(被告清野キヌにその所有権の存することを主張して)これを争うので、被告等に対し右山林の所有権が原告に存することの確認と、また右所有権に基き被告清野キヌに対し真実の権利関係を公示しない被告清野キヌへの前記所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は、いずれも正当であるからこれを認容する。

(被告清野キヌ、同佐藤菊雄の反訴請求の当否について)

一、本件係争山林が和田恭二郎の所有名義に登記されていたところ、その後同人より被告清野キヌに、次いで同被告より別紙第一物件目録記載の山林については被告佐藤菊雄に、別紙第二物件目録記載の山林、原野については被告工藤啓太郎に、いずれも売買を原因として順次所有権移転登記手続がなされたこと、及び原告が本件係争山林の所有権を主張して被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎を債務者として被告清野キヌ、同佐藤菊雄において主張するごとき各仮処分の申請をなし、その決定を得て執行した事実については、当事者間に争がない。

二、ところで被告清野キヌの反訴請求は、同被告において本件係争山林の所有権を適法に取得し、原告がたとえ真実の所有権者であつたとしても同被告にこれを対抗し得ないことを前提として前記原告の仮処分の違法性を主張するものであるが、右山林が原告の所有に属することは前記認定のとおりである。

しかして右仮処分が、右仮処分事件の債務者である被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎に対する関係において違法性を帯有するか否かについての判断はさておき、被告清野キヌは本件係争山林の所有権を原告に対して対抗できないのであるから、自己に所有権のあることを前提として被告佐藤菊雄、同工藤啓太郎となした売買契約上の利益をも原告に対し主張することは許されず、従つて被告清野キヌは原告に対抗し得る保護さるべき正当な法律上の利益(権利)を有せず、ひいては右仮処分によつて侵害さるべき権利も有しない。してみるとその余の点につき判断するまでもなく、被告清野キヌの反訴請求は理由がないものとして棄却すべきものである。

三、次に被告佐藤菊雄の反訴請求について考えてみるに、証人清野俊男(第一回)の証言及び被告佐藤菊雄本人尋問の結果によりその成立を認める乙第一号証に、右証人清野俊男の証言並びに被告佐藤菊雄本人尋問の結果によると、被告清野キヌは昭和三十二年十月二十八日別紙第一物件目録記載の山林を被告佐藤菊雄に金六十万円で売渡したことを認めることができる。右認定に反する証拠はない。

ところで被告佐藤菊雄の反訴請求は、右売買契約により適法に右山林の所有権を取得したことを前提として、前記原告の同被告に対する仮処分の違法性を主張してなされているが、被告清野キヌが右山林の所有権を適法に有していなかつたこと前記認定のとおりであり、結局被告佐藤菊雄は無権利者より右山林を買受けたことになる。

しかしてこの場合被告佐藤菊雄がその所有権取得をもつて原告に対抗し得るか否かは、右売買契約当時右山林の真実の所有者が原告であることを知つていたかどうかにより決せられることは前記(原告の本訴請求の当否について)三の冒頭において説示したとおりである。

そこで以下、被告佐藤菊雄が右の点につき善意であつたか否かについて判断する。前顕乙第一号証、成立に争のない乙第九号証の十三乃至二十三、証人清野俊男(第一回)、同渋谷清治、同飯野光一郎、同佐藤博、同佐藤亀治、同飯野陽太郎、同渋谷一の各証言並びに原告及び被告佐藤菊雄(但し一部を除く)各本人尋問の結果を綜合すると、次のような事実を認めることができる。

(1)  前記のとおり昭和三十二年十月十八日頃原告は本件係争山林が和田恭二郎により被告清野キヌに売渡され、その所有権移転登記がなされていることを知り、即刻渋谷清治、飯野光一郎をして清野俊男と右山林の返還につき交渉せしめたのであるが、右両名は同夜前記清野俊男を訪れ、同人に対し登記簿上の所有名義はともかく右山林は原告の所有であるから返還して欲しい旨述べてその善処方を要望し、次いで同月二十三日頃、西村山郡西川町大字間沢所在出羽屋旅館において佐藤博をもまじえて買戻しの形式で具体的交渉をなしたが買戻し金額について折合わず、近日中に双方で本件係争山林の実地見分をなしたうえ更に交渉することを約した。

(2)  しかして清野俊男は本件係争山林に詳しい被告佐藤菊雄に依頼し、同人の案内で右山林を見分したが、前記原告との交渉を嫌つて右山林を同被告に売却しようと考え、同月二十五日頃原告との前記示談がうまくいかないからと言つて同被告に別紙第一物件目録記載の山林の買取方を申し込み、同被告もこれを了承して同月二十八日前記のとおり売買契約をなし、同日その所有権移転登記手続をなした。

(3)  ところで前記のごとく本件係争山林は原告の所有に属し、原告において手入管理処分をなし、同年八月頃にも別紙第一物件目録記載の山林を間伐すべく、原告において間伐すべき杉立木を渋谷清治に売渡し、同人においてこれが伐採をなしていたのであり、また右第一物件目録記載(8)の山林については原告と同部落に居住している隣地所有者訴外佐藤亀治、同飯野陽太郎もこれを原告の所有と考えている。他方被告佐藤菊雄は永年原告の隣家に居住し、原告家の家庭の事情や財産状態にも精通し、和田恭二郎が家出していることも本件係争山林の管理処分状況が前記認定のとおりであることも知つており、且つ和田恭二郎が家出中に本件係争山林を被告清野キヌに売渡したことから原告と被告清野キヌ間に紛争が生じ、清野俊男からも該紛争に関し和田恭二郎との売買契約の経緯や現に前記示談交渉が進められていることを聞いてその事情を予知しながら、(通常紛争の生じている物件について紛争当事者より該物件を購入することはむしろこれを避けるのが普通であるのに)隣家のこととて原告に照会すれば容易にこれをなし得たのにこれをなさず敢えて好んで紛争に介入するがごとく前記のとおり係争山林を買受けた。

(4)  原告と被告佐藤菊雄は古くから隣家に居住しながら従来互に反目し、本件以外にも両者間において争訟を続けている(このことは当裁判所に顕著な事実である)が、本件係争山林の所有名義が登記簿上和田恭二郎にあり、且つ同人がこれを被告清野キヌに売渡したことを幸に、この際右山林を自己において買受けることにより登記名義を和田恭二郎とした原告の弱味に乗じ、登記を楯にあくまで原告の所有権を否定し、従来の争訟における自己の立場を優位ならしめんとして、原告からの訴訟を覚悟で右のごとく買受けたとみられる節が多分にある。

(5)  更に被告清野キヌと被告佐藤菊雄間の売買契約書中には、「(イ)契約成立の日から七日以内に双方協議のうえ現地見分のうえ物件を引渡すこと(ロ)代金は金六十万円とし、手付金は金三十五万円として契約成立日に授受完了したこと(ハ)被告清野キヌにおいて契約不履行または売渡物件に故障が生じた場合には被告佐藤菊雄において直ちに契約を解除したうえ手付金の倍額を請求し得ること」なる約旨が記載されているが、被告佐藤菊雄と清野俊男は契約直前に本件係争山林を現地において見分しその売買目的山林がどの範囲であるかについては(特に被告佐藤において)良くわかつていることであり、山林売買のこととて動産の売買と異り目的物件を手渡すわけでもなく、両者の口頭による目的物件引渡の確認並びに登記手続の履践によつてその引渡の目的は充分達成されており、その以上再度現地に行つて特段の引渡行為をなさなければならない理由も見当らず、現にその後現地に赴くこともなく既に引渡は履行されたものとして被告佐藤菊雄において訴外渋谷一をして右山林を伐採せしめんとした。右のごとく被告清野キヌの引渡債務は既に履行されているところからみて、同被告の債務不履行は登記手続とともになくなつたものというべきであり、従つて手付倍返し条項(登記手続も済んだこととて解約手付ではない)は売買目的山林に故障が生じた場合に関する損害賠償の予約と考えられ、これを更に法律的にいうと右は売買目的物に権利の瑕疵があつた場合の売主の担保責任に関する当事者間の合意とも目すべきである。即ち以上によれば、被告佐藤菊雄は右契約に当つて、後日原告より本件係争山林につき所有権を主張され、被告佐藤菊雄の権利を否定されることを覚悟していたものとみられるのである。

以上の事実を認めることができる。被告佐藤菊雄本人尋問の結果中右認定に反する部分は前顕証拠に対比して措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実を綜合すると、被告佐藤菊雄は別紙第一物件目録記載の山林を被告清野キヌより買受けるに際し、右山林が真実は原告の所有に属することを知つていたものと認められ、従つて同被告は民法第九十四条第二項の善意の第三者と言えないので、その所有権取得をもつて原告に対抗することはできないものというべきである。

してみると、原告が右山林の所有権を主張し被告佐藤菊雄を債務者としてなした仮処分は適法な行為というべく、他に右仮処分が不法行為を構成すると認めるに足る証拠は何ら存しないので、その余の点について判断するまでもなく、同被告の反訴請求は失当として棄却する。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

第一物件目録

1 西村山郡西川町大字水沢字長久保千三百四十六番の丁

一、山林   五畆二歩

2 同所千三百四十番乙

一、山林   一反七畆二十五歩

3 同所千三百四十三番の乙

一、山林   一反四畆六歩

4 同所千三百四十六番の丙

一、山林   五畆二歩

5 同所千三百四十番の丙

一、山林   五畆二十八歩

6 同所千三百四十番

一、山林   八畆歩

7 同所千三百四十六番

一、山林   二反歩

8 同所千三百六十一番の乙

一、山林   七反三畆五歩

9 同所千三百四十三番の丙

一、山林   三畆二十二歩

10 同所千三百四十六番の乙

一、山林   四畆十一歩

11 同所千三百六十九番

一、山林   五畆歩

第二物件目鍵

12 西村山郡西川町大字水沢字鍵立千百五十番

一、山林   一畆十二歩

13 同所千三百四十五番

一、山林   一反二畆歩

14 同所千三百三十一番の三

一、山林   八畆二十七歩

15 同所字上の平百三十一番の一

一、山林   一畆十歩

16 同所九百九十番

一、山林   二畆十歩

17 同所千三百三十七番

一、山林   五反二畆六歩

18 同所千三百一番の乙

一、山林   一反五畝歩

19 同所千三百二十三番

一、山林   二反九畝二十三歩

20 同所千三百二十四番

一、山林   三反六畝二十五歩

21 同所千二百九十八番

一、山林   七畝十歩

22 同所字鍵立千二百八十二番

一、原野   一反七畝二十五歩

23 同所字沢五十九番の乙

一、原野   四畝二十六歩

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